最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)1007号 判決 1984年10月18日
上告人
藤川章二
右訴訟代理人弁護士
丸井英弘
田村公一
内田雅敏
森谷和馬
被上告人
日野自動車工業株式会社
右代表者代表取締役
荒川政司
右訴訟代理人弁護士
高橋梅夫
右当事者間の東京高等裁判所昭和五五年(ネ)第一七七三号雇傭関係確認請求事件について、同裁判所が昭和五六年七月一六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人丸井英弘、同田村公一、同内田雅敏、同森谷和馬の上告理由第一、第三について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二、第四について
所論の点に関する原審の判断は、原審の確定した本件の事実関係の下においては、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤﨑萬里 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 矢口洪一)
上告代理人丸井英弘、同田村公一、同内田雅敏、同森谷和馬の上告理由
第一 本件懲戒解雇は公序良俗違反や解雇権の濫用ではなく、又、不当労働行為にも当たらないとした原審判決は著しく経験則に違背する。
一 原判決には、以下に述べるような経験則違背があり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかなので破棄されるべきである。
二 本件の重要な争点の一つとして、被上告人の上告人に対する解雇の意思表示が、公序良俗違反もしくは解雇権の濫用又は不当労働行為に当たるか否かという問題がある。
この問題に関し、一審判決は八二丁表三行目「もっとも」から八三丁表七行目「証拠はない」までの間で一審判決なりの事実認定を行なった上で、「以上によれば被告が原告に対してした懲戒解雇が真にその懲戒解雇事由とされる原因の故にされたかの点について多少の疑問が存しない訳ではない」(八三丁表)として一応の疑問は呈しているのである。
然し、一審判決はそれに続いて、極めて恣意的で不合理な理由づけによって、本件解雇は解雇権の濫用ないし公序良俗違反ではなく、又、不当労働行為にも当たらないとの結論を下している(一審判決八三丁表一〇行目より八〇(ママ)丁表末行まで)。
右の点に関し一審判決が説示するところは、上告人として到底承服し難いものであったので、上告人は、原審における昭和五五年一一月一一日付準備書面第五「本件解雇時期の意味するもの」で逐一その不合理を指摘し、批判を加えた。ところが原審判決を見ると、右の争点に関してはわずか一か所の訂正(八六丁裏)を除いては何らの訂正、変更、加筆も行なっていない。これは要するに、右の争点に関する原審判決の考え方は一審判決と全く同一であると理解せざるを得ない。
従って上告人としては既に一審判決に対して行なったと同様の批判を再び原審判決に対しても行なわざるを得ない。一審判決及びこれと同一の原審判決は著しく経験則に違反する不合理な認定を行なっているからである。即ち本件上告人に対する解雇がなされた時期と表面上の解雇理由を仔細に検討すれば、本件解雇に合理性があるという一審及び原審判決の結論は決して導かれる筈のないものである。以下この点について述べる。
三 本件上告人に対する懲戒解雇の意思表示は昭和五〇年一〇月三日付でなされている。これがどういう時期であったか、その点こそ本件で最も注目すべき点である。
上告人が被上告人会社の準社員として入社したのは昭和四五年四月二三日のことであった。
被上告人会社は、翌四六年四月一九日付で上告人に対し解雇の意思表示をしたが、直ちにこれを撤回してしまった。
然し、会社はこの解雇撤回以後、四八年八月まで実に二年四か月の長期にわたって上告人を被上告人会社日野工場機構実験課の現場詰所に勤務時間中待機させるなどの隔離政策を取り続けていた。その間上告人は被上告人の右の措置によって仕事を奪われ、就労を拒否され続けていたのである(一審判決も右の期間中、被上告人が上告人の就労を拒否していた事実はこれを認めている。一審判決六四丁表裏、八三丁裏、八四丁表)。
四 そして、昭和四八年九月一日付で上告人は第三製造部管理課堀本組へ配転される。
上告人に対する懲戒解雇の理由として列挙される事由はこれより後の時期に発生したものということになる。
(一) その一つは日野自動車工業労働組合の開催した昼の休憩時間に引き続く「延長職懇」に上告人が非組合員であるにも拘らず出席したというものである。上告人がこの「延長職懇」に出席したのは昭和四九年には六月七日と一〇月一〇日の二回である。これに対して被上告人は上告人に対し、賃金の半日分を減給とする処分をした。
本件で被上告人が昭和五〇年一〇月三日付で懲戒解雇するまでの間、上告人に対する懲戒処分は右の一回のみであった(しかもそれが後日撤回されている)。この点は充分に留意されるべきところである。
被上告人の主張によれば、この減給処分がなされた時期には、既に後の二三で述べる事由が発生していた筈なのに、この点については何ら処分の対象とされていない。それは処分の対象とするほどのものではないとの判断が、少なくともこの時点で働いていたことを意味するのである。
その後五〇年に入って、上告人は三月、四月、六月、九月、にそれぞれ一回ずつ「延長職懇」に参加している。この「延長職懇」には組合員たる正社員が参加し、その間ラインが止まり、作業を行なっていないことは言うまでもない。従って実害はなかったのである。
被上告人は昭和五〇年に入ってからの上告人の「延長職懇」参加には何らの警戒もしていない。
(二) 次に本件懲戒解雇の理由とされているのは、上告人が作業開始時刻に遅れて職場に到着していたということである。そもそも本件で、右のような遅れを懲戒の対象とすることが許されるか否かは後に論じるところなので、ここでは触れない。
然し、そこで取り上げられている「遅刻」の時期は昭和四八年九月から五〇年九月末日までほとんど毎日のようであったと被上告人は言うのである。開始時期が四八年九月からであることに留意していただきたい。
(三) もう一つ懲戒解雇の理由として挙げられているものに、「正当理由のない遅刻、早退、欠勤」がある。この期間も昭和四八年九月から五〇年九月までのこととされている(これらの遅刻、早退、欠勤に正当事由があったか否かについてもここでは触れない)。
それでは、以上に挙げた三つの事由から、被上告人が何故昭和五〇年一〇月三日になって突然最も重い懲戒解雇という処分を下したか説明がつくであろうか。説明がつかないと見るのが常識であり、経験則である。
この時期に突然懲戒解雇したのは右のたてまえとは別の真の理由があったからである。それは五〇年の七月五日に上告人が会社内で連日繰り返される激しい集団リンチに対して加害者たる従業員を告訴したからであって、懲戒解雇はそれに対する報復に他ならないのである。
これは単に右告訴の時期と解雇の時期だけでとらえて言っているのではない。他の客観的な状況が全て右の二つの出来事の関連を指し示しているからである。
五 被上告人は上告人の経歴や政治活動を嫌い、早くから上告人を会社から追い出そうと考えていた。前記四六年四月の解雇の意思表示がその最初の現われであるがこれは成功しなかった。
すると会社は暴力団員風の男三名を使って夜間上告人を自宅から連れ出し、殴ったり、ナイフを突きつけたりして辞職を強要した。然し、これも上告人を退職させるまでには至らなかった。
そして被上告人は解雇こそ撤回したものの、前記の通り、二年四か月にわたって上告人の就労を拒絶し、上告人が嫌気を生じて退職することを目論んだがこれも成功しなかった。
このように被上告人が上告人を社外へ放逐しようとする試みはここまではいずれも失敗に終っている。
然し、長期間の隔離・就労拒絶といい、暴力団員風の男を使っての脅迫・強要といい、常軌を逸した方法と評さざるを得ない。会社はそのような非常手段を使ってでも上告人を追い出そうとしていたのである。その後も会社は上告人を解雇することをねらい続けていた。
この間の推移に関し、一審判決は「形式的にもせよ、ようやく正常となった原告と被告との関係を殊更に悪化させるのは得策でないと考え、一度軽い減給処分をしたほかはひたすら原告みずからの反省による態度の改善を期待していたものである」などと判示しているが、これは明らかなごまかしであって、前述のように「延長職懇」に対する減給処分は一度行なわれたが、職場への到着の遅れにせよ、「正当理由のない遅刻、早退、欠勤」にせよこれに対する処分は軽い懲戒処分を含めてただの一度もなされていない。従って、これを以て上告人の反省を期待していたものと認定することは根拠に乏しい臆測に過ぎないものである。
一方上告人は「日野自工有志の会」を結成し、訴外北畠秀に対する解雇の撤回運動、被上告人会社の労務政策に対する批判活動(特に車体二課における違法な労務管理の批判及び労働基準監督署に対する告発)を続けており、被上告人にとってますます好ましからざる存在となっていた。中でも車体二課の、課長は自らの労務管理の不手際を上告人らに批判されていたため、上告人に対する敵がい心は特に甚しいものであった。
そこで従業員らを扇動して、上告人に対する集団リンチを行なわせるようになった。この数十名による集団リンチが始まったのは五〇年四月中旬からであり、以後これがほぼ連日のように繰り返されるのである(上告人に対する集団リンチが会社工場内で長期間繰り返されたということは、このリンチが被上告人会社の認容の下になされていたことを明らかに物語っている)。
この執拗なリンチに対し、上告人は七月五日に至ってリンチの実行者を刑事告訴した(後日被告訴人のうち六名が罰金刑に処せられているが社内では後日昇進している。上告人が懲戒解雇させられたことと著しく対照的である)。
するとその直後、被上告会社の各職場で上告人を処分せよという内容(その内容はほとんど同一である)の「決議文」が多数の署名と共に作成される。この「決議文」は会社の用紙を用い、しかもわずか一〇日の間に集中的に作成されている。
又、会社の社員食堂には「藤川を首にしろ」などというステッカー(会社の掲示許可印を受けたもの)が堂々と掲出されていた。会社ぐるみで上告人を追い出そうという意図が明らかに看取される。
そして一〇月三日の懲戒解雇である。
六 前述したように「延長職懇」出席については前年に減給処分に付したのみである。そして、職場への「遅刻」にせよ「正当な理由のない遅刻、早退、欠勤」にせよ、四八年九月からのことであって、解雇の直前に格別の変化が生じたということではない。しかもこれらについては四八年九月以来一度も懲戒処分がなされたことはない。
このような経過を見れば本件懲戒解雇の真のねらいはリンチ告訴に対する報復と見る以外に合理的説明はあり得ない。極めて唐突にしかも最も重い懲戒解雇という処分が選ばれていることは上告人を会社外に排除しようという被上告人の意図が現実化されたからである。
従って、懲戒解雇の意思表示は公序良俗に反し、解雇権の濫用であると共に、不当労働行為にも該当するのであるから、その効力は否定されるべきである。
一審判決及び原審判決は明らかに経験則に違背し、本件解雇を正当で合理性あるものとの誤まった結論を導いたものであって到底妥当性を有しない。その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから速やかに破棄されるべきである。
第二 作業服への着替え、安全靴への履替えに要する時間を労働時間に含まれないとした原審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。
一 作業服への着替え、安全靴への履替えの指示は、使用者の便宜的措置でなく安全配慮義務の一環である。
原審判決は「着替え履替えの所要時間もそれが被控訴人(被上告人)の明示若しくは黙示の指示によってなされるものであったとしても右指示は前記のとおり職場における従業員の安全確保のためにとった使用者の便宜的措置であることを考慮すれば右は労働時間に含まれないと解するのが相当である」(一一丁表)と述べている。右は労働基準法第三二条(労働時間)、労働安全衛生法第三条(使用者の安全配慮義務)に違背するものである。
いうまでもなく、労働契約とは労働者が使用者に対して労務を提供し、使用者はその対価として労働者に報酬を支払う双務契約である。すなわち、労働契約にあっては使用者は使用者に対してその約旨に従った労務の提供をなすべき債務を負担するのであり、逆に使用者は労働者に対して提供された労働の対価として報酬を支払う債務を負担する。そしてこの提供された労働というのは具体的な作業に従事することだけでなく、使用者の指揮下に本来の作業に必要な準備行為をなすことも含み、この使用者の指揮も明示的なものだけでなく黙示的なものをも含むことは後述のとおりである。
ところで労働契約において使用者が負担する債務は、単に報酬支払義務だけにとどまるものではない。使用者は労働者が安全にその労務を提供できるようその職場、作業の仕方等について十分な配慮をなさねばならないものである。労働安全衛生法第三条は、この使用者の安全配慮義務について規定している。
ところでこの使用者の安全配慮義務は、この規定をまって初めて発生するものでなく高度に機械化され、生命、身体に対する危険が常に存在する今日の工場労働においては、労働契約に内在する使用者の当然の義務である。
そしてこの安全配慮義務は、今日においては使用者が労働契約において付随的に負担するものでなく報酬支払義務と並びそれに優るとも劣らない重大な義務となっていることは多言を要しないであろう。
とりわけ被上告人会社のように自動車の組立てという重量労働で、かつ機械化と流作業の先端をいっているような工場にあってはこの使用者の安全配慮義務は極めて重大なものとなっている。
被上告人会社工場においては厳しい労働条件下にあるため、直接の労働災害により、あるいは体に変調をきたしたうえで突然はっきりしない病名(例えば急性心不全)で死んでしまう人が毎年五~六名出ているという状態であり、他の職場では考えられないような死亡率の高さである。(甲三六、三七、矢島一四ないし一五丁)
被上告人会社では後述するように、その作業に不可欠な準備行為として作業服への着替え、安全靴への履替えが存するのであり、不可欠であるが故に被上告人会社もその着替え、履替えを指示しロッカー等を準備しているのである。これは使用者の安全配慮義務の一環としての当然の義務の履行であり、「使用者の便宜的措置」では決してない。
このように作業服への着替え、安全靴への履替えが使用者の「便宜的措置」でなく義務である以上、その具体的な履行についても当然使用者の時間内つまり賃金支払の対象となる労働時間内においてなされるべきである。
原判決は一審判決と同様、このような着替え、履替え時間を労働時間に含めることは「使用者の犠牲において労働者に余暇を与える結果になりその不当であることは明らかであろう」(一審判決六二丁裏)とも述べている。しかし右見解は前述したような理由から「労働者の時間において、すなわち労働者の犠牲において使用者に義務履行の時間を与え使用者に賃金支払の対象とならない労働時間を与える結果となり不当であろう」と言い代えられるべきである。通勤時間等についてならいざしらず作業に必要不可欠で、かつ使用者の安全配慮義務の内容をなす作業服への着替え、安全靴への履替えを労働者の“余暇”時間内に済ませよという見解にはただただあきれるばかりである。一審判決の際の裁判長ですらその判決理由にもかかわらず、審理の経過の中では以下のように尋問し、着替え、履替え時間を労働時間外にやるのは“会社に恩を売っている”ことにならないのかと尋ねているのである。
(裁判長) そうするとあなたの会社の従業員は作業服に着替えるのは自分の当然の務めだと思っておるわけですか
そうですね。
それはどの時間帯に着替えるんですか。
就業時間前です。
就業時間前に
はい
そうすると現業というのは大体衣服が汚れるんじゃないの
汚れます。
そうすると作業服を着て出勤するということが可能な人はそういうことをするでしょうが、そうじゃない遠方の人は作業服の汚れたものを着て電車に乗るというわけにはいかないからちゃんとした身なりで出勤して、会社の中で着替えるとこういう段取りになりますね。
なります。
それはあなた方自分の務めだと思っているわけですか。
はい、ですからそれを含めてなるべく一〇分前くらいに入場するようにということを了解事項として取り決めてあるわけです。
そうすると安全靴を履替えるのは、その時間はどうなるんですか。
着替えと同じです。
そうすると会社に恩を売ってる格好のように理解しているわけか。安全靴を履き替えるということになっているからそれはあなたの個人の時間の中で処理するという考えでいるわけ。
そういうことです。
(矢島四〇丁裏ないし四二丁表)
といった具合である。
以上、るる述べてきたことから明らかなようにこの作業服への着替え、安全靴への履替えが本来の作業に必要不可欠なものであり、かつ使用者の安全配慮義務の内容をなすものである以上、これら着替え、履替えについての使用者の指示を、使用者の便宜的措置とする原審判決の見解は
使用者の安全配慮義務について規定した労働安全衛生法第三条に違背するものであり、右違背は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背である。
二 作業服への着替え、安全靴への履替え時間は労働時間に含まれるものである。
原審判決は、労働時間の定義づけについて一審判決が
「ところで労働基準法三二条の労働時間とは、その規定の文言上使用者が労働者をその指揮監督下に拘束している時間を指すものと解するのが相当であるが、その『指揮監督下に拘束している時間』には現実に労働させている時間のみならず現実の労働に必要不可欠な準備行為をその拘束下にし、またはさせている時間も含まれるものと解すべきであるとともに、使用者の指揮監督はそれが明示のものである場合に限られず、黙示のものである場合をも含むものと解するのが相当である。」
と述べ(一審判決五九丁裏)、そして作業服、安全靴等への着替え、履替え時間が労働時間に含まれるか否かは、それが、「使用者の監督指揮による拘束下に行われることが必然的な要請であるか否かによって決するのが相当である。」(同六〇丁表)
としたのに対し
「一般に労働基準法第三二条の『労働時間』とは、労働者が使用者の指揮、命令の下に拘束されている時間をいうものと解されている。ところで、労働者が現実に労働力を提供する始業時刻の前段階である入門後職場到着までの歩行に要する時間や作業服、作業靴への着替え履替えの所要時間をも労働時間に含めるべきか否かは、就業規則や職場慣行等によってこれを決するのが相当であると考えられる。けだし、入門後職場までの歩行や着替え履替えは、それが作業開始に不可欠のものであるとしても、労働力提供のための準備行為であって、労働力の提供そのものではないのみならず、特段の事情のない限り使用者の直接の支配下においてなされるわけではないから、これを一率に労働時間に含めることは使用者に不当の犠牲を強いることになって相当とはいい難く、結局これをも労働時間に含めるか否かは、就業規則にその定めがあればこれに従い、その定めがない場合には職場慣行によってこれを決するのが最も妥当であると考えられるからである。」と訂正している。原審判決のこのような見解は職場までの歩行時間と着替え、履替えに要する時間とを区別することなくまたその着替え、履替えが何故必要か、使用者の安全配慮義務の一環をなすものかどうかということをその職場の作業内容との関係で具体的に検討することもなく、右に要する時間が労働時間に含まれるか否かは就業規則、職場慣行等によって決まると極めて形式的に解そうとするものであり、労働基準法第三二条に違背するものである。
上告人は原審においてはもちろん、一審においても右作業服への着替え、安全靴への履替えに要する時間が労働時間に含まれると主張してきたが、それは前記着替え、履替えが本来の作業に対する単なる準備行為だけでなく本来の作業の具体的検討の中でこれらの着替え、履替えが本来の作業に必要不可欠なものであり、かつ使用者の安全配慮義務の内容をなすものであり、使用者はその安全配慮義務の履行として明示的又は黙示的に労働者に対して着替え履替えを指示しているものと解するからであった。その点一審判決の労働時間についての前記定義づけは、上告人の主張と合致するものである。
ところが、原審において主張したように一審判決は労働時間について右のような定義づけをしながらその結論において本件の着替え、履替えに要する時間を労働時間に含まれないとしたため論理的整合性すら欠く杜撰なものとなってしまった。この点については原審準備書面で述べたとおりであるが、この際、ここでくり返し述べておきたい。
つまり一審判決は
1 労働時間とは「使用者の指揮監督下に拘束している時間」のことを言うが、
(1) この指揮監督は使用者の明示的なものであるか、あるいは黙示的なものであるかは問わない。
(2) この拘束している時間というのは現実に労働させている時間だけでなく、現実の労働に不可欠な準備行為をしている時間も含む。
と正しく定義づけたわけである。そして作業服、安全靴等への着替え、履替え時間が労働時間に含まれるか否かは、それが、
「使用者の監督指揮による拘束下に行われることが必然的な要請であるか否かによって決するのが相当である。」とした上で、
2 次に具体的に本件の事例について検討し、
「被告(被上告人)は原告(上告人)を含む現場の作業員に対し、その作業開始前に、指示する安全靴への履替えを命ずるとともに安全靴の購入についてはその代金の一部を補助していたことが認められ、(略)昭和四八年九月以降原告の従事した作業を含むハンガーコンベアによる車体組立作業は、油、汗等で衣服が汚れるものであり、通常作業時に着用した衣服のままで電車等による通勤をすることは社会通念上困難であったため原告を含む現場従業員のほとんど全て(既に作業服で出勤する者を除く)が通勤着から作業服に着替えていたこと、従業員のほとんど全ては着替用の作業服に被告日野工場の売店で販売されている一定の形式の上下服を使用していたこと(右上下服には限定していない。)、被告は前認定の安全靴の履替え及び右作業服への着替えに供するため現場作業員各自に対し各一個のロッカーを提供し、これを作業現場に隣接するロッカー室に設置し、(原告使用の更衣室は前記のとおり職場から徒歩約一分五一秒位を要する場所にあった)、現場作業員の着替え等には右ロッカー室が利用されていたこと、原告の直接の上司である堀本工長は被告からの指示に基づくものではなかったが原告ら従業員に対し作業服への着替えを指示していた」(一審判決六〇丁表ないし六一丁表)
と述べた上で、
「前記安全靴への履替え及び作業服への着替えは原告(上告人)の従事したハンガーコンベアによる車体組立作業のために必要な準備であり、且つ右は被告により明示若しくは黙示に指示されていたものということができる」(同六一丁裏)と事実認定している。
この認定は堀本工長が上告人ら従業員に対し作業服への着替えを指示していたのが何故に「被告(被上告人)からの指示に基づくものではな」かったと言いうるのかという点は、今問わないとしても大旨妥当なものといえよう。
3 このように一審判決は本件の場合の作業服への着替え、安全靴への履替えが、
(1) 車体組立作業のために必要な準備行為であり、
(2) しかもそれは被上告人により明示もしくは黙示に指示されている、
と本件についての事実認定をしたのである。したがって、この事実認定を前述したような一審判決の労働時間の概念の定義にあてはめて検討すれば本件作業服への着替え、安全靴への履替えは当然労働時間の概念の中に含まれるものであるとの結論が導き出されるはずである。
ところがどういうわけか、一審判決は突然、
「しかし、この種準備行為は、使用者の施設における機械の整備・点検等のように施設現場における使用者の拘束下でしかできないものとは異なり、使用者である被告の指揮監督による拘束下になくともできるものであることは社会通念上これを容易に肯認できるところであるから、労働力提供のための準備行為であるからといって当然に労働時間に含まれるものと解する余地はない。」(同六一丁裏)
と述べる。
要するに使用者の指揮監督下になくても作業服への着替えはできるから、着替え等の要する時間というのは労働時間でないということらしい。
しかしこれまでの論理の展開は以下のようなものであったはずである。
(1) 労働時間とは使用者の「指揮監督下に拘束している時間」である。
(2) それは現実に労働させている時間だけでなく、現実の労働に不可欠な準備行為をその拘束下にし、またはさせている時間も含む。
(3) この指揮監督は明示、黙示を問わない。
(4) 本件作業服への着替え等は車体組立作業のために必要不可欠であり、かつ、被上告人により明示もしくは黙示に指示されている。
ここで問題とされていたのは作業服への着替え、安全靴への履替えが現実の労働に不可欠な準備行為か否か、その準備行為(着替え、履替え)が被上告人によって明示もしくは黙示によって指示されているかということであったはずである。ところが一審判決は前述のように突然着替え、履替え等は「施設現場における使用者の拘束下でしかできないもの」ではないと述べ、問題をすりかえてしまい、さらに
「前記認定の被告(被上告人)の明示または黙示の指示による安全靴への履替え、作業服への着替えは、職場における従業員の安全確保のためにとった使用者の便宜的措置であると理解することができ、また、ロッカー(更衣)室を提供して従業員に利用させていることは前記証人大島利夫(第一回)の供述するとおり従業員に対する便宜供与と認めるのが相当である。」(同六二丁表)
という。
「車体組立作業のために必要な準備」でありかつ「(被上告人)により明示もしくは黙示に指示されている」「安全靴への履替え、作業服への着替え」がどうして「職場における従業員の安全確保のためにとった使用者の便宜的措置である」と「理解すること」ができるのであろうか。このように一審判決は論理的整合性すら欠く杜撰なものであった。前述したように使用者が職場における従業員の安全を配慮してとる措置は決して便宜的なものでなく、使用者の義務である。
原審判決は、一審判決をこのような結論をそのまま維持するためには一審判決の論理的整合性を保つ必要があった。そこで前述したように、一審判決の労働時間についての定義づけを前記のように訂正してしまったのである。
原審判決の労働時間に関するこのような見解は、労働時間に関する規定である労働基準法三二条に違背するものであり、右違背は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背である。
第三 上告人の雇用契約上の地位についての法令違反
一 上告人の雇用契約上の地位について、原審判決は次の様に述べ結局一審判決で認定した「原・被告間の雇用契約は、昭和四五年四月二三日に被告に雇入れられて以来五〇年一〇月三日付で原告が懲戒解雇の意思表示を受けるまで通算二〇回(昭和四八年九月一日以降の就労中は八回)更新されているが、民法が雇用に関し期間の定めのある雇用契約を適法なものと認めているうえ、労働基準法が一年を越える期間を定める雇用契約の締結を禁止している(同法一四条)他には右民法の規定を修正する特別法は存在しないから、適法な期間の定めある雇用契約は反覆更新されてもそのことのゆえに期間の定めのない雇用契約に変質することはないものと解するのが相当であって、右多数回更新の事実も前記認定、解釈を妨げるものではない。
結局、昭和五〇年一〇月三日当時、原告は被告に対し、三か月の期間の定めある雇用契約(準社員契約)上の地位を有していたものである。」を是認しているのである。
原審の判断
「控訴人は、第一次的に控訴人が被控訴人の正社員としての地位を取得したと主張する。しかしながら、被控訴人会社においては、雇用期間の定めのある準社員から雇用期間の定めのない正社員になるには、社員登用試験に合格することが必要とされているのに、控訴人が右試験に合格した事実のないこと、被控訴人において控訴人に対する傭止めの予告を撤回した後も控訴人の雇用を継続し従業員として処遇してきたのは前認定のような事情によるものであること等前認定の諸事実に徴すれば、当事者間に控訴人を正社員とする旨の雇用契約が成立し、控訴人が正社員としての地位を取得したものと解する余地はない。」
二 上告人の雇用契約上の地位が、期間の定めのあるもの(準社員)であるのか、期間の定めのないもの(第一次的に正社員、第二次的に正社員でも準社員でもないもの)であるのかは、本件懲戒解雇理由の存否について重要な影響を与えるものである。
ところで原審の判断は、以下に述べるように行政解釈、判例に違反するものであり、民訴法三九四条で規定する判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違反があるといわざるをえない。
三 労働省の解釈
『恒久的に同一内容の作業に従事させている労働者について、たとえば七月一日採用七月三一日契約期間満了のように一カ月ごとに雇用契約を更新して一年、二年と継続勤務させている場合、労働基準法第二一条二号の「二箇月以内の期間を定めて使用される者」に該当しないと考えるが如何。』
この問に対し、次の様に答えている。
『形式的に労働契約が更新されても、設例の如く短期の契約を数回にわたって更新し、かつ同一作業に引き続き従事させる場合は、実質において期間の定めのない契約と同一に取り扱うべきものであるから、労働基準法第二一条二号に該当するものではない』(昭和二四・九・二一基収第二七五一号)。
四 判例(東芝事件)
(1) 東芝事件第一審判決(横浜地判昭四三・八・一九労民集一九―四―一〇三三)
「会社と原告らとの間に締結された本件各労働契約は、固より正規従業員(本工)契約とは異なり、本工登用試験合格により本工に採用されうる、当初は有期(二か月)の労働契約であったが、この二か月の雇用期間の定めは叙上の事実関係の下において本件各労働契約が締結されかつ数回ないし二〇数回に亘って更新され原告らが引続き雇用されてきた実質(いわゆる連鎖労働契約の成立)に鑑みれば、殊に会社の設備拡張、生産力増強に伴う緊急の労働力需要に基くその利用関係の維持に由来することからしても、漸次その臨時性を失い本件各傭止めの当時にはすでに存続期間の定めのない労働契約(本工契約ではない。)に転移したものと解するのが相当であるから、原告らに対する会社の本件労働契約更新拒絶の意思表示は法律上解雇の意思表示とみるべきであって、臨就規第八条所定の「契約期間が満了したときは解雇する。」旨の規定は本件各解雇当時においてはすでに原告らに対してこれを適用するに由なく、これに準拠して原告らの雇用関係上の権義を消滅させることは許されないというべきである。」
(2) 東芝事件控訴審判決(東京高判昭四八・九・二七労判一八七―二三)
「臨時従業員はその採用にあたり正規従業員に対する選考に比して簡易に行われるが、一定期間経過後には正規従業員への登用の途を開いている点で、少くともその期間の当初においては雇用の臨時性、暫定性をもつと同時に、長期の雇用に耐えるべき従業員たるの適性を判別するための試用の意味をも帯有するものというべきではあるが、少くとも当初の期間が逐次更新され、従業員としての適性を判別しうるための一定期間、本件では正規従業員への登用資格を取得する一年の期間を経過したころには右当事者間において、労働契約の形式面はともかくとして、期間の定めのない雇用契約が成立したものであると認めるのが相当である。」
(3) 東芝事件最高裁判決(最判昭四九・七・二二労判二〇六―二八)
「ところで、本件各労働契約締結及びその当時の上告会社における臨時工雇用の実状について、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ)が認定する事実関係は、次のとおりである。
上告会社は、電気機器等の製造販売を目的とする株式会社であるが、その従業員には正規従業員(本工)(昭和三七年三月現在四九、七五〇名)と臨時従業員(臨時工)の種別があり、後者は、基幹作業に従事する基幹臨時工(同じく一九、四六〇名)と附随作業を行うその他の臨時工(同じく一、四七〇名)とに分かれている。基幹臨時工は、景気の変動による需給にあわせて雇用量の調整をはかる必要から雇用されたものであって、その採用基準、給与体系、労働時間、適用される就業規則等において本工と異なる取扱をされ、本工労働組合に加入しえず、労働協約の適用もないけれども、その従事する仕事の種類、内容の点においては本工と差異はない。上告会社における基幹臨時工の数は、昭和二五年朝鮮動乱を機として漸次増加し、以後昭和三七年三月までは必ずしも景気の変動とは関係なく増加の一途をたどり、ことに昭和三三年から同三八年までは毎年相当多数が採用され、総工員数の平均三〇パーセントを占めていた。そして、基幹臨時工が二か月の期間満了によって傭止めされた事例は見当らず、自ら希望して退職するものの外、そのほとんどが長期にわたって継続雇用されている。また、上告会社の臨時従業員就業規則(以下、臨就規という)の年次有給休暇の規定は一年以上の雇用を予定しており、一年以上継続して雇用された臨時工は、試験を経て本工に登用することとなっているが、右試験で数回不合格となった者でも、相当数の者が引続き雇用されている。被上告人らは、いずれも、上告会社と契約期間を二か月と記載してある臨時従業員としての労働契約書を取りかわして入社した基幹臨時工であるが、その採用に際しては、上告会社側に、被上告人らに長期継続雇用、本工への登用を期待させるような言動があり、被上告人らも、右期間の定めにかかわらず継続雇用されるものと信じて前記契約書を取りかわしたのであり、また、本工に登用されることを強く希望したものであって、その後、上告会社と被上告人らとの間の契約は、五回ないし二三回にわたって更新を重ねたが、上告会社は、必ずしも契約期間満了の都度、直ちに新契約締結の手段をとっていたわけでもない。
以上の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、すべて正当として首肯しうるところである。
原判決は、以上の事実関係からすれば、本件各労働契約においては、上告会社としても景気変動等の原因による労働力の過剰状態を生じないかぎり契約が継続することを予定していたものであって、実質において、当事者双方とも、期間は一応二か月と定められてはいるが、いずれかかる格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったものと解するのが相当であり、したがって、本件各労働契約は、期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものといわなければならず、本件各傭止めの意思表示は右のような契約を修了させる趣旨のもとにされたのであるから、実質において解雇の意思表示にあたる、とするのであり、また、そうである以上、本件各傭止めの効力の判断にあたっては、その実質にかんがみ、解雇に関する法理を類推すべきであるとするものであることが明らかであって、上記の事実関係のもとにおけるその認定判断は、正当として首肯することができ、その過程に所論の違法はない。」
五 原審判決は、雇用期間の定めのない正社員となるには社員登用試験に合格することが必要とされているのに右試験に合格した事実がないことを一つの理由として、上告人の期間の定めのない正社員としての地位を否定している。
しかしながら東芝事件においても、そこでいう臨時従業員は、正規(本工)従業員とは異なり、本工登用試験の合格によって本工とされており、かつ右登用試験に合格していないのにかかわらず、第一審においては期間の定めのない労働契約に転移したと認定され、東京高裁においても同様に「少くとも当初の期間が逐次更新され、従業員としての適性を判別しうるための一定期間、本件では正規従業員への登用資格を取得する一年の期間を経過したころには右当事者間において、労働契約の形式面はともかくとして、期間の定めのない雇用契約が成立したものであると認めるのが相当である。」と認定され、さらに最高裁においても「本件労働契約は、期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものといわなければならず」としているのである。
従って、本件において登用試験に合格した事実がないことをもって、上告人が期間の定めのない正社員の地位を取得したことを否定する理由にはならない。むしろ上告人は純然たる臨時従業員ではなく、正社員への登用を前提とした準社員として採用されたのであり、労働契約の臨時性がより希薄であるといわなければならない。
仮りに上告人が正社員の地位を取得しないとしても少くとも期間の定めのない雇用契約上の地位を取得したと考えるべきである。
六 原審が登用試験に合格した事実がないこと以外に、正社員としての地位を否定する理由は、第一審の理由と同じであるのでこれを検討する。
第一審の認定する事実の要旨は、次の通りである。
「<1> 被上告人が傭止めの予告を撤回したのは、上告人が、右傭止めが上告人の入社前の政治活動を理由としたもので違法無効である旨主張して被上告人日野工場周辺においてビラを配付したり、スピーカーを用いて演説をしたため、その対応に苦慮して、昭和四六年四月一九日、右の行動を止めることを条件に三か月間傭止めを猶予したものであること。
被上告人は上告人に対し右猶予の期間中に他に就職先を探すよう上告人に申向け、上告人が出社をしても就労させなかったこと。この状態が昭和四八年八月三一日まで続いたこと。その間昭和四六年四月二三日被上告人が上告人に対し、期間を三か月と明示する雇用契約書に署名を求めたが、上告人は同月一九日と同様拒否したこと。その際被上告人は、昭和四五年四月二三日成立の準社員契約が傭止めの予告の撤回により当初の三か月ごとに自動更新する旨の条項は生きているから新たに三か月の期間を定めた雇用契約を締結する必要がない旨述べたこと。
<2> 被上告人が昭和四六年七月一九日上告人に対し傭止めをしないで賃金を払い続けたのは同年四月二〇日以降も上告人およびその支援者らの被上告人に対する批判、宣伝活動が弱められることなく続けられたことから被上告人の人事担当者が事態の推移を見たうえで対処するのが得策であると考えたためであること。
<3> 被上告人は上告人に対し、賃金、年次有給等の労働条件において、期間の定めのない正社員としての処遇をしてこなかったこと。」
しかしながら、右の事実認定を前提にしても、すくなくとも東芝事件の最高裁判決が認定する様に「実質において、当事者双方とも、期間は一応二カ月と定められてはいるが、いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったものと解するが相当であり、したがって、本件各労働契約は、期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものといわなければならず」といえるのである。特に本件においては被上告人自体短期の労働契約が更新されているという認識はなかったのであり(もし被上告人に労働契約が更新されているという認識があったのなら、解雇という表現は用いず、単に傭い止めもしくは契約更新の拒否の意思表示をすれば、本件契約を解消できたはずである。)、当事者双方の認識において、正社員ではないとしても、少くとも期間の定めのない労働契約関係にあったことは争いのない事実なのである。
第四 労組法一七条の解釈に関する法令違反と理由不備
一 原審判決には労組法一七条の解釈に誤りがあり、その誤りは民訴法三九四条で規定する判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違反である。
上告人に対し、労働協約中上告人の労働条件より有利な部分について拡張適用されるのか否かは、本件解雇理由の存否について、重大な影響を与えるものである。
すなわち上告人が、労働協約で定められている有給休暇日数や延長職懇への参加による職場離脱が勤務懈怠とならない取扱いを受ける権利をその拡張適用によって、請求できるとすれば、本件解雇理由中延長職懇への参加による職場離脱は解雇理由とはならないし、また本件欠勤、遅刻、早退を労働協約上有する有給休暇によって充当できるのであって、この点に関する解雇理由の存否については重大な影響を与えるものである。
なお原審判決は「前記延長職懇の開催に関する労働協約の適用については、控訴人のような非組合員と組合員とは『同種の労働者』とはいえず、従って、協約中少くとも右の部分は控訴人に対しては拡張適用されないと解されるからである。」旨判示しているので、その反対解釈からすれば、原審は、労働協約中有給休暇日数については上告人に拡張適用されると判示していると解するのは当然である。
しかしながら原審判決理由中には本件解雇理由中、欠勤、遅刻、早退の回数につき、労働協約上被上告人に請求できる有給休暇でもって充当できるのか否か、充当したとしても解雇理由ありとされるのか否かについて、何らの説明がなく、これは絶対的上告理由たる民訴法三九四条一項六号で規定された判決に理由を付せない場合に該当するのであり、この点からしても原審は破棄されるべきである。
二 原審判決の労組法一七条に関する判示は次の通りである。
「しかし、前認定のとおり、延長職懇は、組合がその活動として勤務時間中に開催することを被控訴人から許された組合員の職場総会であって、非組合員についてまでその参加を認める趣旨のものではないから、右延長職懇の開催を認めることが労働協約の内容をなしている(前掲乙第一四号証によれば、右延長職懇の開催については、『労働時間中の組合活動に関する申合せ事項』として、労働協約の附属文書中に明記され、協約の内容をなしていることが認められる。)としても、右が非組合員である控訴人についてまで拡張適用されるとは解し難い。けだし、労組法第一七条の趣旨とするところは、協約当事者である労働組合及びその組合員の団結権の保護にあるのであって、協約外の少数労働者の保護を直接の目的とするものではないから、当該労働協約が協約外の少数労働者に拡張適用されるか否か、換言すれば、当該協約の拡張適用につき、協約外の労働者と協約当事者である労働組合の組合員たる労働者が前記法条にいう『同種の労働者』にあたるか否かは、作業内容の性質によってこれを決すべきではなく、労働協約の趣旨や協約当事者である労働組合の組織等の関連においてこれを決するのが相当であると解されるところ、前掲乙第一四号証及び証人矢島和夫の証言によれば、本件の場合、組合は控訴人のような準社員は組合に加入させず、その組織範囲から排除しており、しかも、労働協約のうち、少なくとも前記の『労働時間中の組合活動に関する申合せ事項』の部分は非組合員にまでこれを適用することは予定していないことが認められるから、右の事情を考慮すれば、前記延長職懇の開催に関する労働協約の適用については、控訴人のような非組合員と組合員とは『同種の労働者』とはいえず、従って、協約中少なくとも右の部分は控訴人に対しては拡張適用されないと解されるからである。」
三 原審判決は、労組法一七条でいう「同種の労働者」の解釈につき、「作業内容の性質によってこれを決すべきではなく、労働協約当事者の趣旨や協約当事者である労働組合の組織等の関連で決するのが相当である」とするが、この原審判決の解釈は以下に述べる様に行政解釈や学説では支持されてすらいない。また原審判決とは異なり、行政解釈や学説と同様に採用手続や雇用期間の長短に関係なく作業内容によって「同種の労働者」であるのかどうかの基準にしている判例(日本油脂王子工場事件東京地裁決定昭和二四年一〇月二六日)も存在している。
(一) 労働省の解釈
1 「法第一七条の規定に基き『同種の労働者』として労働協約の適用を受くべき者について労働協約中の規定によってその者に対する協約の適用を排除できるか」
との問に対し次の様に答えている。
「法第一七条の規定により明らかに『同種の労働者』として協約の適用を受くべき労働者について、労働協約によってその者については協約を適用しない旨を規定し、協約の適用の範囲を限定しても、法第一七条の規定に基き、協約はその者に対して当然適用される。」(解釈例規第二号第九問 昭二五・五・八 労発第一五三号 労政局長発 各都道府県知事宛)
2 「明かに同種の労働者であるものを労働協約によって異種であるとその範囲を限定し得るかどうか、例えば一般従業員と臨時直傭夫が同種であることが明かであるとした場合、協約の適用せらるべき範囲を従業員のみに限ったとき臨時直傭夫は、その協約の適用範囲により同種の労働者と考えられないことになるかどうか。」
この問いに対し次の様に答えている。
「明らかに同種の労働者であるものを仮に労働協約によって異種であるとその範囲を限定しても、法第一七条の規定による労働協約の一般的拘束力は当然に適用される。」(昭二五・二・二二労収第三四一号 労政局長発 福岡県知事宛)
3 「労働協約における『この協約は組合員に限りこれを適用し、第五条一項各号の一に該当する従業員にはこれを適用しない。』という労働協約の適用範囲を定める条項〔注〕は、労組法第一七条に違反するものではないか。」
〔注〕 労働協約第五条第一項は非組合員として、試用期間中の者、嘱託、臨時雇、日雇、組合被除名又は脱退者(会社組合協議して解雇されなかった者)、会社組合協議して非組合員とする者を掲げている。(昭三二・八・八 川崎製鉄葺合工場労組法対部長発)
この問に対し、次の様に答えている。
「労働協約の適用を受けるのは、原則として、締結当事者たる労働組合の組合員である従業員に限られ、組合員以外の従業員には及ばない。
従って、御質問の協約の適用範囲に関する条項は、右の旨を確認した趣旨の規定に過ぎないものと考えられる。
しかしながら、労組法第一七条及び第一八条は、当該条文に定めている一定の要件をみたす場合には、例外的に、組合員以外の従業員にも当該労働協約が拡張適用される旨を規定している。右労組法第一七条の規定は、同条に定めている一定の要件をみたす場合には、協約締結当事者の意思如何にかかわりなく、組合員以外の従業員にも拡張適用されることを定めているものであるから、かりに締結当事者間において、『組合員以外の者には適用しない』旨の特段の条項を設けたとしても、該条項は、右拡張適用がなされる限度において効力を有しないこととなる。」(昭三二・一〇・八 労働法規課長発 兵庫県商工労働部長経由内翰)
(二) 学説
1 まず学説では、常用労働者の場合における「同種の労働者」の解釈は「他に特別の事情がない限り、同種の労働者とは、同一工場、同一事業場に勤務しているものと解するほかない」とするのが一般的である。
なぜならば、たとえば協約当事者たる労働組合が職能別組合であれば、労働組合を結成している労働者と同一の職種に属するもの、つまり旋盤工の労働組合であれば旋盤工のみが「同種の労働者」とされるのだが、我国のほとんどの労働組合が企業別組合であり各種各様のあらゆる職種に属する労働者が含まれているのが一般であるので、労働組合員と非組合員との間に職種上つまり作業内容上同種であるのか否かという基準さえも立てられないからである。
この様な解釈を本件の様な臨時工の場合にもあてはめれば、本件の場合上告人は労働組合員と同一工場に勤務していることは明らかであるから作業内容の性質を問題とするまでもなく、「同種の労働者」とされるのである。
つまり、臨時工の場合にも、原則として協約適用の組合員と「同種の労働者」とされるのである(同旨正田彬「別冊法学セミナー基本法コンメンタール労働団体法1」二一一頁)。
2 労組法一七条の立法趣旨につき、原審判決と同様に「協約当事者である労働組合及びその組合員の団結権の保護にある」とする説に立っても(学説としては松岡、峯村説のように保障とともに少数労働者の保護や有泉説のように同一労働同一賃金の実現とする説があり、これらの説に立てば臨時労働者も当然「同種の労働者」と解釈されるであろう)、原審判決とは異なり作業内容の性質によって「同種の労働者」であるか否かの基準とするべきであるとして、次の様に述べている。
「組合員の限定が、職能別組合の場合のように労働力の種類にもとづく合理的な場合であるならばともかく、単なる雇用形態の差異を根拠としているにすぎない場合、いいかえれば、作業内容の同一性の認められる労働者に臨時工であるということのみから組合員資格を認めないような場合には、当該個別組合の意思の尊重が団結権の保障につらなるとはいいえない。むしろかかる臨時工の存在自体が、団結権を脅かすものと考えるべきでさえある。たとえ組合がそれに同調したにせよ、作業内容を中心とした労働の実体が同一である労働者を、使用者が同種でないとして扱う場合こそ、まさに本条による拡張適用が行なわれるべき場合なのである。」(正田彬 前掲書二一三頁)
ちなみに学説では、『その作業の態様が本工と同じであるかぎり臨時工も「同種の労働者」と解すべきであるというのが通説である』(外尾健一『労働団体法』六四七頁)
四 特に延長職懇においては、賃金・労働時間等労働条件に関することが討議されるのであり、上告人が非組合員であったとしても、右労働条件は労組法一七条によって上告人に拡張適用されるのであるから、上告人が延長職懇に参加することには合理的理由がある。かかる観点からも上告人の右延長職懇参加による職場離脱が勤務懈怠とならない取り扱いを受ける権利は、労組法一七条によって非組合員たる上告人に拡張適用されると解釈するべきである。
以上